レーシック 視力回復手術 助兵衛の随筆

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アーネスト・サトウは国家神道をどう見ていたか。

本「アーネスト・サトウ神道論」におもしろいことがのっていたので、みなさんにご紹介します。

●天皇服従は政治的強制であって宗教ではない。
日本人の至高の道徳的義務は天皇の命に服することだが、それは宗教ではなく政治的強制にすぎないとしていること。神道は古代の人々の自然崇拝・祖先崇拝であるにすぎないのに、明治新政府はこれを国の宗教として位置づけているが大きな無理があると指摘している。また明治新政府が国家神道として仏教より高く位置づけたこの神道は、やがて天皇絶対制思想として先鋭化していったのであるが、明治初期においてサトウをはじめ西欧人たちはその政治的役割を早くも示唆していたのである。


アーネスト・サトウ神道論296,7Pより抜粋
アーネストサトウ、庄田元男編訳

上記の抜粋は庄田元男氏がサトウの神道論文や日本アジア協会の会員たちの神道理解を詳細に読んだうえで、彼らの神道理解をまとめたものの一部である。明治初期すでにサトウが国家神道のほころびを指摘していたことにおどろいた。そしていまだに明治政府がつくりあげた天皇への絶対服従は日本人の精神文化に巣食っている。サトウは天皇の命に服することは、政治的強制であるにすぎないと言っている。政府のいうことにしたがっているだけでは、権力者への盲従なのであるのは当然だ。そこにいかなる正義もないし、宗教や哲学でもない。それを権威づけたのが新明治政府が作り上げた国家神道である。

特別なオンリーワンになってこそナンバーワンになれる。

SMAPのヒット曲 世界に一つだけの花に「NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」という歌詞がある。
最近ふと思ったのだが、特別なOnly oneになってこそ、ナンバーワンになれるのではないか。

世界に一つだけの花の歌詞を書いたのはシンガーソングライター槇原敬之さん。私は1991年にリリースした彼の大ヒット曲「どんなときも。」で彼を知りました。どんな時もどんな時も僕がぼくらしくあるために~というやつです。



今思うと「どんなときも。」をはじめて聞いた時はまだ若くてこの歌詞の意味するところをとらえきれなかったとおもいます。今あらためてこの歌詞を聞いてみると、世界に一つだけの花と通じるテーマを感じます。それは自分らしさ,自分の心を大切にしようということです。
特別なオンリーワンになるということは、東洋哲学でいえば自分の性を知る、天命を知る、己を知るということになります。仏教でいうところの天上天下唯我独尊ですね。人間は誰でも世界でただ一人しかいない存在です。「NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」、この曲が聞くものの心を動かすのは自分を見失っている人間がいかに多いかということだとおもいます。槇原さんの曲聞いてはっとさせられた方たくさんいるんじゃないですか。自分の心を見失ってしまった人間ほどみじめなものはありません。
本当に自分がやりたいことをする、天命を知ることほど楽しいことはありません。反対に他人の人生を生きたり、名誉や金といった自分以外の物に踊らされた人生はみじめです。毎日心楽しく生きなければ根性がつきません。そして根性がなければ長く物事に取り組めませんから結局物事を大成できないのです。私というこの世にたった一人の人生を生きること、特別なオンリーワンになることが、この世での成功、つまりナンバーワンになることにつながるのではないでしょうか。

錦織圭はなぜ負けたのか?  全豪2016

全豪で錦織圭さん大活躍でした。
あまり体調が良くないなか、ベスト8まで進むのは並みの選手にはなかなかできないことです。
そもそも全豪に出場できることでもすばらしい。

ふと思ったのですがなぜ錦織さんがジョコビッチに負けたのか気になって、先日の全豪の試合と、錦織さんが勝った2014年USOPENの試合を統計で分析してみました。
するとおもしろいことがわかりました。
なんとどちらの試合でも、負けたほうがエースとウィナーが多いんです。
エースとウィナーは相手にさわらせないで決めたポイントのことです。
錦織君が全豪2016で負けたのはアンフォーストエラー(凡ミス、自滅型のミス)が圧倒的に多かったからです。
ジョコビッチが27にたいして錦織は54でした。
錦織はミスが多かったから負けました、試合を見ていてもミスがはやいなあと感じました。
彼の得意技でもあるエアケイも全豪ジョコビッチ戦ではあまり見られませんでしたね。

なぜこうなったのでしょうか?
おそらく私は錦織さんの体調が良くなかったせいだと思います。
彼はベスト8までの試合でもテーピングをしたり、インジャリータイムをとっていました。
試合前は会見で絶好調だと言っていましたがずばり嘘でしょう。
彼は長いラリーにたえられない体調だったのでしょう、そして無理をして仕掛けて自滅。
2014年の全米でジョコビッチに勝った時もときどきどこか痛そうなしぐさをしていました。
逆にジョコビッチの体調管理はすばらしいといえます。
彼が世界ナンバーワンとして君臨する理由のひとつでしょう。

じつは私も下手ながらテニスをしているのですが、この結果を見てテニスというのは正確性を競う競技だとあらためて感じました。
そして正確に打つには技術だけでなく、健康でなければならない。
テニスにおいて「正確に打つ」というのは言うは易く行うは難しです。

錦織君は体調が良くなればまたジョコビッチを倒すこともできるでしょう。
グランドスラム制覇も十分可能です。
ジョコビッチも体調管理を向上させ体力をつけて世界ナンバー1にのぼりつめました。
コンディション向上が錦織君の今後の課題ですね。

錦織圭 対 ノバクジョコビッチの試合統計表(左が2016全豪、右が2014全米)
圭の表

出典 matchstat

反省しよう そうしよう

ある日自分の心にあやまちがはいる。
反省してそれをとりのぞけばなんてことはないのだ。
しかしもしそうしないなら、あやまちは根をはり心の一部になってしまう。
あやまちを隠すためにまた嘘をつく、するとまた心のあやまちがふえる。
人は自分の一部になったあやまちを愛するようになる。
じぶんのあやまちに気付かないふりをするためにみてみぬふりをきめこむ。
すると感覚もおかしくなっていく。
いつしかあやまちはその人の心をおおうほど大きくなる。
ひどくからまったあやとりの糸のように、心の中であやまちの根同士がからまりあい、かんたんにはほどけなくなる。
もはや最初のあやまちはなんであったかわからない。
心があやまちでみたされると、人は理性を失っていく。
人はそうやって狂気におちいっていくのだろう。


そうなるまえにあやまちを心からとりのぞかねばならぬ。
気づいたらすぐ反省してあやまちを心から追い払おう。
部屋を掃除するように心を掃除しなければならない。
最初は心のいちぶになってしまったあやまちをとりのぞくときにいたみをかんじるかもしれない。
なれれば心の掃除は楽しいものだ。
おろかな行為をやめれば簡単に進歩できる。
あやまちのよごれを心からとりのぞいたならば
心はまたその輝きをとりもどすだろう。
雲がはれれば太陽はまたかがやく。
やる気になればあなたにもきっとできる。
人間だれしもあやまちをおかす。
反省しないですむ人はいないのだ。
反省しよう、そうしよう。


聖書やお経なぜ感動するのか。

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画像 ローマ皇帝ウェスパシアヌス(9-79)の石膏像

Wikipediaの「新約聖書」に新約聖書にはローマ皇帝ウェスパシアヌスを称揚するために流布された奇蹟譚と同じものが多いと書かれている。新約聖書を書いた人はローマ皇帝を称揚するための話をイエスキリストにおきかえたのだろう。目的はもちろんイエスキリストをほめたたえるためである。ウェスパシアヌスがローマ皇帝在位の時はまだキリスト教は小さな組織だったにちがいありません。ローマ皇帝が大金と大勢の人々を使って製作したプロパガンダストーリーをぱくって自分のものにしてしまうあたり当時のキリスト教徒の機転と知恵を感じます。キリスト教の特徴として積極的に布教活動を行うことがあります。聖書は人々の心をつかみ伝道するための大切なツールだったことでしょう。聖書学をすこしばかりかじってみたところ、新約聖書から当時多数の宗派に分かれたキリスト教徒たちの対立が見えるそうな。新約聖書を書いた人が敵対するグループへの批判を新約聖書に書いているという。一番本当のことが書かれているといわれる新約聖書のパウロ書簡を見ても信者同士で対立があったことがうかがえる。新約聖書にはフィクションが書かれていたり、キリスト教のグループのプロパガンダも含まれているのだ。

新約聖書にかぎらず敵対するグループへの攻撃や教祖をもちあげるためのデマなど政治的な生臭い内容も宗教書にはつきものだ。宗教を批判する人の多くは宗教の迷信や嘘を批判する。たしかに迷信や嘘は存在するが、それは宗教書のほんの一部だ。そこに真理があるから宗教書は長い歴史の中淘汰されずに生き残ってきたのだ。宗教書を読んで迷信や嘘しか読み取れないとしたら、それは宗教書のほんの枝葉末節しか理解できていない。最近中国の古典「荘子」を読みかえしてみたのだが何回読んでも不思議と感動する。荘子の前に読んだ外山滋比古『思考の整理学』はなかなかいい本だったが、荘子に比べれば残念ながらかなり見劣りする。宗教書は言語や国、人種、性別、時代の違いを超えた感動を読者に与えてくれる。真理を理解し愛する人々が宗教書をリレーで後世に伝えてきた。2千年前に外国で言語も文化もちがう人が書いた本を日本人の私が読んで感動する。それこそまさに真理が存在するたしかな証ではないだろうか。
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怒助兵衛

Author:怒助兵衛
エッセイスト。
随筆はじめました。
マスコミが書けないタブー書きます。
政治経済、歴史、娯楽など気の向くままに随筆を書いていきます

Twitterもやってます。
@ikari_sukebei

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