レーシック 視力回復手術 助兵衛の随筆 苦行のみでは悟りを得ることはできない。

苦行のみでは悟りを得ることはできない。

「苦行のみでは悟りを得ることができない。」お釈迦さまは苦行の後にそう理解して6年にもわたる苦行をおやめになりました。
苦行をやめたあとには、川で身を清めて、スジャータの施してくれた乳がゆを飲んで体を休めたのです。
そしてお釈迦様は心身ともに回復して、とうとう悟りを開きます。

インドではいまだに苦行をする修行者が多いそうですが、歴史は繰り返すということでしょうか。
日本でもいまだに苦行をする人が多いですねえ。
個人の判断で自分で苦行をするのならば良いですが、他人に対して苦行を強制する人間がいるのは困ったことです。

私個人の経験から言うと、苦行は愚かな行為ですが、愚かな行為をすることにより逆にその反対にある真理や般若、智慧にたどり着くヒントになると思います。
お釈迦様の6年の苦行も悟りを開くには直接は役にはたちませんでしたが、まったく無駄ではなかったと思います。
愚かな行為をすることにより賢い行為とはなにかがわかることもあるでしょう。
非人間的な環境に自分をおくことにより、人間的な環境とはなにか、人間性とはなんなのかということがわかってくるのです。
ただし自分の意思ではなく、他人に強制されて苦行をしてもつらいだけであまり得るものはなさそうです。



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人は、何らかの悟りを得ようと、苦行をするのでしょうが、原則や摂理、権利、義務を追い求めること自体が迷いであると釈迦の教えにあります。
天地と一体、万物と一体と言っても所詮無理な話ですねー。苦行は、役に立つとは思いますが、人の、進めや、干渉でしても意味がないように思いますねー。

荒野鷹虎さんへ

2000年以上前にお生まれになったお釈迦様とわれわれがとても高度で共通の概念をもっていることがすごいことだと感じます。
ふと思ったのですが、世界中や日本でどのくらいの人間が悟りを開いているんでしょうかね。

ken1です

お元気そうで何よりです~

ken1さんへ

こんばんわ!
ken1さんもあいかわらずのご活躍ぶりでうらやましいかぎりです。
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怒助兵衛

Author:怒助兵衛
エッセイスト。
随筆はじめました。
マスコミが書けないタブー書きます。
政治経済、歴史、娯楽など気の向くままに随筆を書いていきます

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