レーシック 視力回復手術 助兵衛の随筆 銃声の証明、ヒステリーの犠牲となった死刑囚

銃声の証明、ヒステリーの犠牲となった死刑囚

昨今、日本ではやっている死刑賛成派のヒステリックな主張を聞いていて、尾崎豊の「銃声の証明」の最後のサビを思いだした。
「銃声の証明」で、尾崎豊は日本人の醜い群集心理をするどくえぐりだした。
死刑賛成派の言っていることを聞いていると、人の命を奪うことになる主張をしているという自覚がまったく感じられない。
以下赤字は銃声の証明からの引用です。

俺は貧しさの中で生まれ 親の愛も知らずに育った
暴力だけが俺を育てた


「銃声の証明」はテロリストの独白というかたちをとった、日本人へのメッセージソングである。
児童への「暴力」「虐待」、今でもそうだが、尾崎豊が生きていた1980、90年代にはそれらはもっとはげしく日本社会をむしばんでいた。
荒削りではあるが、貧しさが犯罪を生み出す構図が、「銃声の証明」では歌われている。
日本社会の伝統としてはびこる児童虐待や社会的弱者への組織的虐待が、テロリストや犯罪者を生み出すもとだということ。
この邪悪な社会悪の構図はいまだに日本にしっかりと根付いている。

政治なんて俺には分からない ただ生きるための手段覚えた
世間のことなど知りはしなかった


生きることにおわれ、政治や人間的な活動をすることができない日本人の実情をみごとに表現している。
生活にゆとりがあってこそ、人々は人間的な生活をおくることができ、政治に参加する余裕もできるのです。

Woo 生きていることに罪を 感じることなく生きる人々よ
Woo おまえはこの世のテロリスト 俺を育てたテロリスト


私は死刑賛成派の大多数は尾崎豊が「銃声の証明」で歌っている「生きていることに罪を感じることなく生きる人々」であるように感じる。
罪なき人の命を奪うかもしれない議論でさえ、ヒステリックな発言ばかりがとびかう日本人。
死刑賛成派は自分たちの主張を客観的に顧みるところがほとんどない。
福田総理の辞任会見ではないが、少しは自分たちの言うことを客観的に見てほしいものです。
余談だがあれは一記者への苦言というより、福田総理が日本人全体へ苦言を呈したのではないかと思っている。
死刑制度に賛成すれば、まちがいなく無罪の人間を殺すことになる。
罪もない人間を殺すという点では、死刑賛成派はテロリストと変わることがない。
こういった自分の言動を客観的にみれない人間、「生きていることに罪を感じることなく生きる人々」が日本では圧倒的な多数派だ。
テロリストのような主張で罪もない人々を殺す社会では、いつ何時自分がヒステリーの対象となってリンチにあうかわからない。
次は俺が殺られる番だ 何も訳など知らないままに」ということだ。



参考記事
死刑制度容認85・6% 「廃止」大幅に上回る 内閣府調査 2010年2月6日
スポンサーサイト

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

怒助兵衛

Author:怒助兵衛
エッセイスト。
随筆はじめました。
マスコミが書けないタブー書きます。
政治経済、歴史、娯楽など気の向くままに随筆を書いていきます

Twitterもやってます。
@ikari_sukebei

sidetitle最近の記事sidetitle
sidetitleカテゴリーsidetitle
sidetitle最近のコメントsidetitle
sidetitle最近のトラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleリンクsidetitle
sidetitleTwittersidetitle
sidetitleランキングsidetitle
応援クリックおねがいします。
fc2ranking
ブログランキングバナー
sidetitleブログ内検索sidetitle
sidetitleRSSフィードsidetitle
sidetitleNinjaアクセス解析sidetitle
Ninjaアクセス解析