レーシック 視力回復手術 助兵衛の随筆 2020年04月
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「竜馬がゆく」は日本政府が書かせたのか?

町田明広著『新説 坂本龍馬』という本を読みました。この本は2019年に出版されたもので最新の歴史研究の成果が反映されており坂本龍馬の歴史を知ることができます。
今日の記事はこの本のまとめでではなく、その中でちょっと気になる主張があったのでその内容の真偽をたしかめていこうと思います。著者は「敗戦後、国家を上げて明治100年を祝賀し、その時流の中で国民的作家である司馬遼太郎は歴史小説『竜馬がゆく』を執筆し、龍馬を未曾有の英雄として世に送り出して、高度経済成長期を迎える日本人に勇気を与えました。」と主張しています。
しかし竜馬がゆくが産経新聞に連載されていたのは1962~1966年。明治100年の1968年より早い時期だ。直接的な関係はないのではないか。しかし明治百年より前に日本政府が直接的、間接的に司馬遼太郎に働きかけて「竜馬がゆく」を執筆させたことはありうる。国民的作家司馬遼太郎はある意味官製だったのではないか?
なぜ司馬遼太郎は竜馬がゆくを書き始めたのか?ネットで調べてみたところ柳生龍氏のブログ記事「司馬はなぜ『竜馬がゆく』を執筆したのか」に興味深い話がのっておりました。
まず司馬遼太郎に産経新聞水野成夫社長から執筆依頼が来てその後に後輩で高知県出身の渡辺司郎氏に坂本龍馬について書いてくれとたのまれたそうな。司馬遼太郎はそのときは聞き流したが、他の資料を見ている時に龍馬がでてくることが続いたので龍馬の魅力がわかるようになり龍馬がゆくを書くことにあいなったそうな。「竜馬がゆく」が世に出る前は西郷隆盛や勝海舟のほうが人気があったそうです。
うがった見方をすれば日本政府が産経新聞社長に明治維新百年に関する小説を書くように依頼し、産経新聞社長が司馬遼太郎に命じたとみることもできます。あの時代は日本政府、官僚の力は今よりもずっと強かったでしょう。また産経新聞はその社風から明治維新百年には協力するでしょう。当然政府への協力の見返りに利益供与があるでしょう。竜馬がゆくを書かせたのも実は官僚だったかもしれません。そうすると司馬遼太郎が官僚びいきだった理由もわかる気がします。
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怒助兵衛

Author:怒助兵衛
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