レーシック 視力回復手術 助兵衛の随筆 2011年09月

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仏像を救うために燃えさかる寺にとびこんだ若い貴族

662px-Namban-11.jpg

画像 南蛮屏風(クリックで拡大)
戦国時代に建てられた南蛮寺の高解像図はWikipediaにて見られます。


また歴史ネタを書きます。
1578年豊後の戦国大名大友義鎮は、1577年に薩摩の戦国大名島津義久が隣国日向に侵攻し、日向の戦国大名伊藤氏を追い出した事件をうけて、日向を取り返すために兵を挙げ島津氏に戦いを挑んだ。キリシタンとして洗礼を受けていた大友義鎮の4万の軍は日向の寺社を徹底的に破壊する。おそらくイエズス会の司祭たちが大友義鎮にそうするように仕向けたのだと思う。結果、宮崎県北部地域の近世以前の一次史料は、ほとんど壊滅的に失われているそうです。大友義鎮の軍にいたキリシタンが寺社仏閣を焼き打ちにした事件を、イエズス会の宣教師ルイス・フロイスが記録していた。今回はそれをご紹介します。


イエズス会宣教師が見た日本の神々(ゲオルク・シュールハンマー著、安田一郎訳) P20~22より引用

一五七八年九月三十日付けの臼杵(豊後)からの書簡のなかで、フロイスは、日向に侵入した薩摩の王(島津義久)の軍隊に対する豊後の王、大友義鎮<宗麟>の好戦的な計画を同僚に書いている。義鎮の三人の将軍は北から日向に侵入した<同年九月無鹿(むしか、現在延岡)を攻め、十月島津の拠点高城(宮崎県児湯郡木城町高城)を包囲>。そのとき、キリシタンの将軍ジアンは、王の命令にしたがってすべての寺を破壊した。そのとき焼失したもっとも有名な二つの寺について、フロイスは名前を挙げている。彼はつぎのように書いている。
「その国では(日向)では、とりわけ二つの寺は、すべてのなかでもっとも有名であり、そこには七つの異なった国から巡礼がいつも集まって来ていました。そのうちの一つは、ロソダキノ・ヤクシ(Loxodaquino Jacuxi)とよばれていました。兵士たちはそれを敬っただけではなく、恐れていました。そのわけは、それ[寺の神]は自分たちにしばしば公然とした罪の裁きをするからだと言っていました。兵士の大軍がそこに入って、それに供え物をし、フォットケ(Fottoque)[偶像](仏)のまえである種の飲み物を飲んでいました。ジアンはそのとき、どうしてもそこを通り過ぎねばなりませんでした。彼はそこで行われていることを見て立腹し、悪魔がそのように崇められている寺をほっておくことができませんでした。そこで彼は、寺の裏に行き、礼拝堂(拝殿)の側面に火をつけました。火は激しく燃え始めました。なかにいた兵士たちは自分の生命を救うために大急ぎで飛び出してきました。だが一人の若い貴族ージアンが住んでいる城の城主の弟ーはフォットケ・ヤクシの不幸な運命を見るにしのびませんでした。彼は、それを敬い、崇めているために、高潔な奉仕をしようと決心しました。彼はむこうみずにも、荒れ狂う火災をいわば忘れて、燃えさかる寺に突進し、祭壇から仏の立像を取りました。そのとき彼は顔がやけどするのを避けることができませんでした。しかし生命に最大の危険が迫っているなかで、彼は仏を寺院のそばに横たえました。
このときジアンの別の異教徒の部下が通り過ぎました。彼は主人に奉仕し、好意を見せようと思って足元の仏をとって、それを火中になげこみました。それで、それは燃えて灰になってしまいました。
それはその土地の土着の人々に改めて驚きをよび起しました。そして彼らは、『寺と仏を燃やした人が罰を受けないですんだ理由がわからないし、またそれを救うために火のなかに突進した人が、やけどをし、生命の危険にさらされた理由がわからない』と、ひそかに言いました。」(カルタス、407)



このエピソードはルイスフロイス「日本史」には掲載されていません。
カルタスとはルイスフロイスが日本から送った書簡のことです。
ロソダキノヤクシというのは熊野権現であり祭神は国常立尊(本地 薬師如来)をおまつりしていたのであろう。
ジアンは将軍とされているが、これはおそらく誇張で城主以下の侍だったろう。
ルイス・フロイスは日本での布教の成果を誇張するためにしばしば日本のキリシタンの社会的地位をかさあげして報告した。
このルイスフロイスの書簡でおもしろいのは、異教徒である若い貴族(城主の弟)がキリシタンのジアンという侍が寺院に火をつけ荒れ狂う火の中仏像をとりにいったことを高潔な奉仕としていることです。
ルイスフロイスは日本史のなかでたびたび仏教の僧や神社の神を悪魔と書いています。
そのルイスフロイスが身の危険をかえりみずに燃えさかる寺に仏像をとりにいった異教徒の行為を高潔な奉仕としたのはおもしろいです。
若い貴族の自己犠牲、献身的な神への奉仕がルイスフロイスの心をうったのでしょうか。
現代に生きる私もこの話を聞いてなにやら心打たれるものを感じました。
若い貴族はやけどをおいながらも仏像を燃えさかる寺から救い出すことに一旦は成功しましたが、すぐにジアンの部下によりその仏像はまた燃やされてしまいます。
仏像を救うという点では彼の行為は無駄でした。
しかし彼の行為は異教徒であるルイスフロイスの胸をうつものがあり書簡に記録され、現代日本人である私の胸をもうつのです。
無私の行為であることが時代を超えて人を感動させるのではないでしょうか。
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テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

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怒助兵衛

Author:怒助兵衛
エッセイスト。
随筆はじめました。
マスコミが書けないタブー書きます。
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