レーシック 視力回復手術 助兵衛の随筆 2009年04月

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安倍首相以来自民党政権は北朝鮮と拉致問題の交渉をしていない。

「ぼくこれ言うのやめようと思っていたんだけどあえて言います。」田原総一郎が4月放映の朝まで生テレビ「日本の安全保障と外交」でこう切りだした。
浅尾慶一郎(民主党・参議院議員)が日本が策源地攻撃能力(先制攻撃能力)を持つと、ロシアと中国がそれをいやがり北朝鮮に圧力をかけるカードになると言ったのをうけての発言だった。

以下に田原総一朗が朝生でしたマスコミが報道しない北朝鮮拉致問題の要点を記します。
2008年10月にアメリカブッシュ政権が北朝鮮をテロ支援国家解除した。
どうやらブッシュ政権がそれをやった裏には安倍、福田首相、日本政府がまったく北朝鮮と交渉をしていないので愛想を尽かしたとのことらしい。
なぜ、日本政府は北朝鮮と拉致問題の交渉をしないのか?
それは自民党と日本政府が生きているとした横田めぐみさんと有本恵子さんら拉致被害者が死んでいるという事実が国民に知られるのが怖いらしい。
日本政府と自民党の政治家は自分たちのミスが国民に知られて支持率が低下することを恐れている。
日本政府が偽物と断定した横田めぐみさんの骨も、日本政府、自民党の政治家はアメリカの技術でDNA鑑定すれば真実がわかるにもかかわらずしていない。
北朝鮮との交渉を進めようとした外交官田中 均氏は、「建国義勇軍国賊征伐隊」を名乗る右翼団体から自宅ガレージに爆弾をしかけられるというテロにあった。
どうやら田原はこのテロは北朝鮮との拉致問題の交渉を進めたくない日本政府や自民党の政治家が裏で糸を引いていると思っているようだ。
田原は山本一太議員を含む自民党の政治家が外務省が北朝鮮との拉致問題交渉をすすめるのを妨害していると考えているようだ。
余談だが、外交官田中均氏への爆弾テロがおきたことをうけて、石原慎太郎・東京都都知事は「(売国的行為をしたのだから)当ったり前の話だと思う」「田中のような国賊は、昔ならとっくに一刀両断にされていた」などとテロを称賛または容認する極右らしいコメントをした。

小泉首相後の安倍、福田といった自民党政権は結局北朝鮮との拉致問題の交渉を一切してこなかった。
なぜなら、今まで生きているとした拉致被害者が実は死んでいるという都合の悪い真実がわかるのがおそろしいから。
もしこれらの事実が本当だったら、自民党はまた国民にとんでもない背信行為を行ったことになる。
日本と北朝鮮が友好的な外交関係を結ぶチャンスを安倍首相以後の自民党はことごとくつぶしているのだ。
日本国民は嘘の情報を信じ込まされ、いまだに北朝鮮に拉致被害者が生きていると信じて活動をしているとしたら無駄な努力であり愚かなことだ。
もう拉致被害者が全員死んでいるとわかっていて、北朝鮮に拉致被害者を返せと無茶難題を言うのはやめろ。
そんなくだらない外交は日本の国益にはまったくならない。
自民党の政治家と外務省は拉致被害者が全員もしくは一部死亡していると知っているなら国民に情報公開するべきで真実を隠すべきではない。
拉致問題はもう終わりなのだから、すぐに日朝交渉を始めるべきだろう。
昨今北朝鮮が国連決議に違反したミサイルを発射するなどしているのだから、北朝鮮との交渉をなにもしないという自民党政権の方針はあまりに愚かであり売国的だ。
私は日本の北朝鮮拉致事件の報道の仕方に疑問を感じていたが、田原総一郎氏の説明ですべて疑問が解けた。
北朝鮮の拉致問題へのヒステリックな反応はもうやめて、現実的に北朝鮮と日本がどう友好関係を結んでいくか、そういった外交をすることこそが日本の安全保障へ貢献できるのだ。

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テーマ : 自民党の腐敗
ジャンル : 政治・経済

なぜ平安時代の地方の開発領主(武士)は田地を荘園に寄進したのか

因幡堂縁起
 任国に赴く受領(因幡堂縁起)

なぜ平安時代の地方の開発領主(武士)は、摂関家や皇族といった朝廷有力者、有力寺社の荘園に自分の田地を寄進したのか?
私は学生の時に日本史を勉強したときに、それが気になってしょうがなかった。
寄進と言うとせっかく開墾した自分の土地をあげちゃうのか?、さすがにそれはないだろうなどいろいろ考えた。
日本史の教科書には肝心なところ、なぜ田地を寄進するのか書いてなかった。
最近この謎がとけたので、読者の皆さんにもご紹介します。

どうやら地方の開発領主は摂関家や皇族といった朝廷有力者、有力寺社に自分の田地を寄進することにより国に払う税金や雑役(強制労働など)を免れようとしていたらしい。
摂関家や皇族といった朝廷有力者、有力寺社は税金を払わなくていいという免税特権を持っていたのだ。
合法的な節税のための田地寄進だったのだ。
寄進と言うと、譲渡したようだが、田地の実質的な支配権はもちろん地方の開発領主である武士のままである。
当時の朝廷の法的な所有権が移転しただけだ。
地方領主は摂関家や皇族に無料で寄進して、免税特権を手に入れることはできない。
摂関家や皇族、有力寺社にみかえりとしてワイロを渡す必要がある。
またワイロだけでなく、みかえりに京都平安京で有力者の身辺警護などをすることもあった。
たしか河内源氏の祖源頼信だったと思うが、仕えていた藤原道長が家を新築した時に、京の人が見たこともない豪華な家具(その家で使う家具すべて)を贈ったという話が残っている。
豪華な家具家一式分というワイロがきいたのか、源頼信は熟国(農作物がよくとれる国)といわれる美濃守や鎮守府将軍などの受領に朝廷から次々と任命されている。

朝廷の有力者と主従関係を結んでおくとさらにいいことがある。
地方領主(武士)は、朝廷から派遣された受領(国司)と税金の負担をめぐって争い、時には殺し合いになることもあった。
そういった朝廷の禁じた合戦をしてしまった時でも、ワイロをおくっておくと罪をもみ消してもらえたり、軽い罪にしてもらえることがあった。
摂政藤原道長は家人(家来)である安房の荘園領主藤原某が安房の国衙(役所)を襲って国司を殺すという事件が起きた時に、書類の不備を理由に家人の国司殺しの罪をもみ消している。
天皇が任命した国司を殺すといった、重大な凶悪犯罪でも摂政である道長はもみ消すだけの力があったのだ。

国に税金を払わない田地が急増したので、国の税金収入は減り経営はとても苦しいものになっていき、大和朝廷と天皇の力は急速に弱っていく。
莫大なワイロをもらっていた摂関家藤原氏などの有力貴族も、朝廷自体の力が弱ったせいでその権力は弱まり、ワイロ収入も減っていっただろう。
そして河内源氏である源頼信の子孫である源頼朝が朝廷とは別の政権、鎌倉幕府をうちたてるのである。
武士と呼ばれる地方領主は、貴族より武力もあったが、田地の経営能力も高かったのである。

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怒助兵衛

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