レーシック 視力回復手術 助兵衛の随筆 国旗国歌強制問題

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アメリカでもあった国旗敬礼拒否

日本で昨今起きていた国旗国歌問題。
東京都や大阪府で国旗や国歌君が代を公立学校の教職員に強制できるかどうかでもめましたね。
この助兵衛の随筆でも最初にとりあげた思い出の問題です。

アメリカでも似たような問題が過去に起きていたことを最近知りました。
「アメリカ生まれのキリスト教」という本を読んで偶然知ったのです。
エホバの証人の信者ウォルター・ゴビティスが国旗敬礼拒否訴訟を1940年に起こしました。
彼の息子二人が国旗への敬礼拒否により通っていた公立校より放校処分にされたのを不服として地区の教育長を相手に訴訟を起こしたのです。
この時は合衆国最高裁判所までいって負けましたが、1943年にエホバの証人のバネットさんが起こした訴訟では最終的に勝ちました。
今でもアメリカの公立学校の生徒に国旗敬礼の強制はできないようです。
今アメリカでは公務員である教員には国歌や国旗への敬礼を強制できるのかな?そこはわかりません。
第二次世界大戦中、アメリカ政府がナショナリズムをたかめることにやっきになっていたであろう時にこういった信教の自由や思想良心の自由を重んじる判決がでるというのはアメリカすごいなと感じます。
エホバの証人は攻撃的な新興宗教で、他宗派のの教会の前でその教会を非難するパンフレットを配っていたりしたのでアメリカで相当な弾圧を受けました。
しかし国旗敬礼の強制問題では多くのアメリカの宗教団体が共闘したようです。
以下に「アメリカ生まれのキリスト教」から一部引用します。

米国政府の国旗に対する態度は、ゴビティスに対する判決によって明確となった。これに対して、日頃、常に相反している他宗派のクリスチャン、法曹界、および報道関係者の人々が最高裁の決定を不服として、機会あるごとに、信教自由の立場より反対を表明したのは非常に興味深い。
アメリカ生まれのキリスト教 生駒考彰



アメリカという国は国民がいい心で住めるためにできていると聞いたことがあります。
つまりアメリカが自由の国であるのは宗教者が政府から弾圧をうけずに生活できるためです。
日本でも国旗国歌問題でキリスト教のカソリックの人々は反対したようです。
しかしそういった宗教的な抗議というのは日本人に大きなムーブメントをおこせませんでした。
われわれ日本人はアメリカ人にくらべて心のケアが足りないのではないかと思います。
私は心をおそろかにする人生ほどつまらないものはないと思います。
日本は国民がいい心で住めるような国になっているでしょうか?
安倍首相が2013年12月26日靖国神社を参拝して多くの外国から批判をあびました。
しかし日本国内では靖国神社をどうするべきかという議論があまりもりあがっていません。
ケネディアメリカ大使の和歌山県のイルカ漁への抗議に関しては不当なものだという意見が多数を占めるようです。
イルカ漁はあきらかに日本の伝統であり目に見えるたしかなものだからでしょう。
日本人は心の問題にたいして鈍感であり無関心なようです。
私は心の問題こそ人間にとって根源的であり大事なものだと考えています。


参考文献
「アメリカ生まれのキリスト教」 生駒考彰
朝日新聞 「踏み絵」としての斉唱、国旗・国歌法 成立10年 磯村健太郎
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

君が代訴訟は米中代理戦争でもある。

ひさしぶりにマスコミが表立って言えないタブーを記事にします。
2011年5月30日いわゆる君が代訴訟の第三審最高裁の判決がでて、原告元教諭の申谷雄二さんは訴えがまったく認められず完全に敗訴した。
最高裁の裁判官4人全員一致の判決である。
1審東京地裁では都が申谷さんを退職後に再雇用しなかったことは裁量権の乱用として賠償を命じていた。
しかし2審、3審ではそれすら認められず原告申谷さんの完全敗訴となった。

最高裁の判決では、君が代強制を「憲法が保障する思想と良心の自由を間接的に制約する面がある」としながらも原告の完全敗訴とした。
思想、良心の自由を侵しているのを認めていながら、東京都のあきらかに差別的な再雇用拒否を認めているのはなぜか?

よく言われることだが、下級裁判所である地裁より最高裁のほうが政治的な判決をだすということである。
特に政治的な案件では政府寄り、世論寄り、アメリカ寄りの判決をだすことが多い。
検察が必死にマスコミに捜査情報をリークして世論操作しようとするのはそれが裁判の勝率に影響するからだ。
最高裁の裁判官にまで出世する人はそういった政治的な気配りができる人が多いのかもしれない。
本来あってはならないことだが、日本では裁判官すら強い権力者におもねったものが出世するということだ。

私は今回の最高裁判決にはアメリカV中国といった大国の政治力が裏で働いていたように感じます。
教職員の組合、日教組は昔からソ連、中国といった共産主義国家とつながっており、資金提供を受けていたとも言われています。
逆に霞ヶ関の高級官僚たちは親米が多く、時に民意や政治家を無視してアメリカのために働くことがあります。
つい先日もウィキリークスがあきらかにした米公電のなかに、斎木昭隆アジア大洋州局長がアメリカから自立路線を走ろうとした鳩山由紀夫首相は愚かだとキャンベル国務次官補に語ったというものがあった。
「国家の罠」の著者佐藤優さんは、外務省の高級官僚たちが政治家を無視してアメリカにすりよっていると暴露している。
佐藤優さんは彼と鈴木宗男さんはアメリカに逆らってロシアに近づいたために国策捜査で逮捕されたと主張しています。

どうも日本で活動しているアメリカの工作員ネット右翼の言うことを聞いていると、教員による君が代訴訟を日教組による政治活動ととらえているようだ。
このとらえ方はおそらくアメリカの諜報部隊であるCIAのとらえかたとほとんど同じなのだろう。
アメリカCIAは中国と関係が深く政治力の強い日教組を敵視している。
君が代訴訟はアメリカVS中国の代理戦争という側面を持っている。
最高裁の裁判官が4人とも全員一致で原告の教員を完全敗訴させたのは、アメリカへの忠誠心を見せた政治的な判決ではないのか。
最高裁の裁判官は4人全員一致でアメリカの敵である日教組への政治弾圧を正当化して見せたのだ。
最近大阪の橋下知事が君が代斉唱時の教員の起立義務化条例をつくり、違反者は懲戒免職などと声高に言っているのもつまるところ中国に近い日教組を弾圧して、アメリカにこびを売るパフォーマンスだ。
いまだに日本のイシュタブリッシュメントがアメリカになりふりかまわず忠誠心を公然と示していることに驚きました。
いやむしろ親米であった自民党が下野して、民主党に政権交代してからイシュタブリッシュメントたちのアメリカへの媚び方はさらにエスカレートしている。
日本のイシュタブリッシュメントはアメリカに従うことが日本の国益になると主張しています。
日本人の思想、良心の自由をふみにじってまで、アメリカにこびを売ることが本当に日本の国益になるのでしょうか?
アメリカや中国といった大国の力は、日本の裁判の判決を左右する力を持っているのです。



参考文献
君が代訴訟:合憲初判断 原告側「思考は短絡的」と批判 (毎日新聞)
クローズアップ2011:君が代起立命令は合憲 思想「間接的制約も」(毎日新聞)
外務官僚「日米の対等求める民主政権は愚か」 米公電訳(asahi.com)

テーマ : 今日のニュース
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国旗国歌強制を推進するキャノン会長御手洗氏の真の目的

国旗国歌強制しようとしている勢力を見ていると、戦前にあった「極右勢力、暴力団と大企業」VS労働組合の争いを思い出す
戦前は労働組合を結成しようとする労働者と企業の間で争いが絶えず、企業が暴力団を雇い労働組合を結成しようとする労働者を襲わせることが横行した
ちょっと前に中国で用地買収したい共産党が、用地買収に反対する農民を武装勢力に襲わせているとするスクープ映像がNHKニュースで放送されていた
日本でも昔はそういったことが頻繁におきていたのである
今起きている国旗国歌強制問題も「極右、ネット右翼と大企業、政治家」VS労働者、一般市民といった構図ではないだろうか

キャノンの偽装請負が社会問題として取り上げられている
経団連会長の御手洗富士夫氏が会長を勤めるキャノンが偽装請負で行政指導を受けたのだ
偽装請負とは、労働者を違法に安いコストで働かせるために企業が実体と異なった契約を労働者としていることである
偽装請負により労働者は不当に安い賃金で働かされることになる

この経団連会長、キャノン会長である御手洗氏は熱心な君が代、日の丸強制推進論者である
御手洗ビジョンというものをだしている
私は御手洗氏の狙いは不当に安い賃金でも、文句を言わずに働くように子供を学校で教育するのが目的ではないかと思っている
国旗国歌を学校で強制することで、子供たちに不合理なことでも服従するように洗脳するのだ
大企業と政府のおそろしいコラボレーション、連携プレーである
これ以上ないというくらい見事な官民の癒着である

私は2台キャノンのプリンタを買ったことがあるが、ほとんど使用していないのに2台とも1年程ですぐ壊れた
それ以来キャノンのプリンタは買わないことにしている
キャノンは利益をだすことばかり考えて顧客サービスをおろそかにしているのではないか?
そんな企業が長続きするのか疑問である

同じく国旗国歌強制を推進する東京都知事である石原慎太郎氏は戸塚ヨットスクール校長の戸塚宏氏を応援する会会長である
戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏はヨットスクールの訓練生を5人も角材で殴って、死においやり傷害致死罪で有罪になった人物である
石原さんはいったい戸塚宏氏のどこを応援しているだろうか?
教え子を5人もいきすぎた体罰で殺した教育者を応援する理由はいったいなに?
私には石原氏は暴力団と同じように、人を暴力で屈服させるのを好む一種の神経症を患っているようにしか見えない

国旗国歌強制しようとしている人間をよく観察してみると、暴力や不法行為とのつながりがでてくる
国旗国歌を国民に強制しようとしている勢力に邪悪な意図を感じるのは私の考えすぎだろうか?

来月4月8日に統一地方選があります
私のところにも投票券が郵送されてきました
日本国民が将来に向かってどういう決断をするのか注目している

最高裁が君が代伴奏命令は合憲と教諭の上告棄却

君が代伴奏命令は合憲、教諭の上告棄却…最高裁初判断 2月27日17時35分配信 読売新聞

東京都日野市の市立小学校の入学式で、「君が代」のピアノ伴奏を拒否したことを理由に懲戒処分を受けた音楽科の女性教諭(53)が、最高裁で敗訴した
君が代、国歌斉唱訴訟で去年の地裁判決では東京都の教員が勝訴したが、今日は最高裁で敗訴した
NHKの報道によると1,2審とも敗訴していたのを受けての最高裁判決のようだった

最高裁の敗訴を受けて、音楽科の女性教諭の弁護士が会見をしていた
弁護士は「判決に必要ななぜそういった判決をだしたのかという部分が欠けている。」とコメントしていた。
私は最高裁の裁判官は政治的な判決を下したと感じた
憲法などの日本の法律を素直に解釈すれば、「君が代と国歌斉唱の強制、音楽家の女性教諭に対する懲戒処分」は思想良心の自由に反していることは明白である
私は最高裁が敗訴の判決を下した理由の一つは日本国民の世論ではないかと思っている
日本流に言えば、「空気を読んだ」ということである

日本では法律と国の実体が必ずしも一致していない
例をあげると日本国憲法では戦力を放棄するとあるが、日本では現在軍隊がある
本来戦力をもつにいたって、国民投票をして憲法を変えるべきなのである
そして、その戦力をどういった場合に使うのかコンセンサスを作り上げるべきだ
しかし、日本はそれをしておらず強引とも言える解釈改憲で現状を正当化している
自衛隊という軍隊をどう運用するかというコンセンサスが日本国民内でいまだにとれていないというのは、おそろしいことだ
去年日本全国でおきた高等学校必履修科目未履修問題もそのひとつだ
高等学校が学習指導要領 での必修履修科目を生徒に履修させていなかったのだ
これも高等学校が学習指導要領 に従うべきというコンセンサスがとれていないせいだろう
公的機関である高等学校が法的な基準に従わずにいったいなにに従っていたのだろうとおかしみさえ感じる事件であった
日本では企業に対してしばしば残業代未払い訴訟がおきる
多くの企業が労働基準法違反を犯しており労働者に残業代を支払っていないのだ

最高裁判決の裏側にあるのは日本人の権利意識の低さである
最近の報道や日本人を見ていると思想良心の自由に限らず権利意識が低いと感じる
また法治国家であることも理解できていない日本人は多い
なぜ日本人が思想良心の自由という権利を持っているのだろうか?
それは過去に日本で思想弾圧が暴力的に行われ、狂気とも思える無謀な戦争に突っ走ったことの教訓として日本国憲法に思想良心の自由が入れられたのだ
無謀な戦争に反対した多くの知識人が弾圧を受け、暗殺された
国旗国歌強制問題のような国家による思想弾圧が認められれば、また日本人は思想良心の自由を失い過去の戦争のような悲惨な目にあう可能性は高まる
教育現場での国旗国歌強制を賛成している日本人は思想良心の自由を失うことにより、日本がとんでもないリスクを背負うことを理解しているのだろうか?
あの悲惨な戦争で亡くなった多くの人達の死を無駄にしないためにも、、思想良心の自由がなぜ憲法で日本人に保証されているのか考えて欲しい
日本国憲法に思想良心の自由があるのは酔狂や伊達じゃないのであり、合理的科学的な理由があるのだ

今回の音楽教師のケースでは、東京都日野市立小学校の入学式で彼女がピアノの伴奏を拒んだので君が代のテープで国歌を歌ったそうである
ネットでは、その行為に対して下記のような書込みがあったという
「なんでこういう教師は教え子の式典ぶち壊したがるのかね」「教師が学校の行事で政治活動だろ?懲戒解雇でいいじゃん。普通、会社で政治活動したら解雇だよ?」「入学式に自己主張とはどっかの成人式みたいだな」
私は音楽教師を懲戒処分するべきではないと思う
ピアノの伴奏がなかったら、テープもしくはアカペラで国歌を歌えばいいことである
ピアノ伴奏がなくても、入学式に重大な支障がでることはない
思想良心の自由は可能な限り尊重されるべきである
世界的にグローバル化社会が進む中で多様性を認めあうためにも、思想良心の自由は必要なのだ
そういった大人の姿を見せていれば、子供たちにも思想良心の自由の大切さを伝えることができるだろう
もし、子供が思想良心の自由が守られていない東京都日野市立小学校の入学式の様子を見れば、思想良心の自由などと憲法には書いてあるがそれは「絵に描いた餅」だと感じるだろう
もっと、日本人は他人の権利を尊重するということを学ぶべきだと思う

日弁連が東京都教育委員会に「国旗国歌強制は人権侵害」と警告

>>入学式などで日の丸掲揚や君が代斉唱を強制する東京都教育委員会の通達は憲法違反として、日弁連(平山正剛会長)は21日、都教委に通達の廃止や、起立しての斉唱を拒否した教諭らに対する懲戒処分の取り消しなどを求める警告をした。
●「国旗国歌強制は人権侵害」=日弁連が警告 【時事通信】から一部抜粋
下記のリンクに東京都が教職員に国旗国歌強制に日弁連が警告した記事2つの全文があります「国旗国歌強制は人権侵害」=日弁連が警告 【時事通信】
「君が代」不起立4教諭処分、日弁連が取り消し求める 【読売新聞】

東京都教育委員会が行っている職員に対する国旗国歌強制に対して日弁連が警告をだした
これで東京都の石原知事が行っている教育行政は裁判所、日弁連から非合法なものであると判断されたことになる
私は以前から石原知事が進める非合法な教育行政に驚いていた
完全に日本の法律に違反した教育行政を石原都知事が推し進めていたからである

日本では憲法で思想良心の自由が認められている
しかし日本人は権利意識が薄く、権利という概念を理解していない
多くの日本人が思想良心の自由の重要性を理解していない
今回の国旗国歌訴訟でも多くの日本人が、東京都の国旗、国歌を教職員、生徒に強制する教育行政を支持している
石原都知事はマスコミの最近の世論調査では支持率が51%と高い水準であった
以前はもっと高い支持率であったらしい

石原都知事の東京都教育委員会が思想良心の自由を守ろうとした教職員にやったことはあきらかな思想弾圧である
石原都知事、東京都教育委員会はなぜ国歌、国旗を強制するのか合理的な説明はできておらず不明瞭である
憲法で保障されている日本人の「思想と良心の自由」
本当にこの大切な権利を放棄してもいいのか、日本人と東京都民にもう一度よく考えてもらいたい
もし、次回の都知事選で石原都知事に投票すればそれは「思想と良心の自由」を放棄するという意思表示になると私は思います
私は日本人として、日本国憲法に保証されている権利「思想と良心の自由」という権利を放棄するつもりはありません!!
石原都知事の教育行政にははっきり「NO」です
NOと言える都民なんちゃって ^^
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怒助兵衛

Author:怒助兵衛
エッセイスト。
随筆はじめました。
マスコミが書けないタブー書きます。
政治経済、歴史、娯楽など気の向くままに随筆を書いていきます

Twitterもやってます。
@ikari_sukebei

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