釣りキチのサトリ 2009.11.03
昔28,9の頃ルアー釣りにのめりこんでいたことがあった。いつものごとく休日いいお天気に近所の川で釣りをしていたところひとなつっこそうな下校途中の中学生らしき男の子が護岸の上から話しかけてきた。
「釣れますか?」
「釣れないねえ。」
ルアー釣りはえさ釣りにくらべてめったに釣れない。
東京都内の近所の川ではめったに釣れなかった。
すると、さらに中学生が私にこう尋ねた。
「ルアー釣りは釣れないからおもしろくないのに大人はなぜみんなやっているの?」
私も子供のころはルアー釣りは釣れないのでつまらないと感じていたことを思い出した。
私がルアー釣りをやっていたのは、子供のころにやりたかったのにやれなかったのと、ルアー釣りは歩き回るもので運動になるので健康のためにやっている、釣り人と交流するためなど理由はいくつかあった。
子供のころには魚を釣りたい一心でやっていたのだが、大人になれば変わるものだ。
28,9才のころ休日さかんに川に向かってルアーを投げてリールを巻いてをくりかえし、ルアー釣りを必死こいてやっているときに、「俺の人生いつも同じことのくりかえしだ」とふと頭に浮かんだ。
私はいつもなにかにとりつかれていたようになにかを追いかけてそして失敗して打ちひしがれていた。
私にとって18,9から20代のすべてが失敗つづきで失意の灰色の時代だった。
私はコンクリートで完全に護岸された人影もない川岸で言葉ではいいあらあわせないような寂寥感と敗北感を感じた。
じつにみじめで孤独な気分であった。
必死に川にルアーを投げ込むもまったくあたりもない。
ブラックバス、雷魚、シーバスたくさん釣りたくて必死に釣れる場所やルアーを探して釣っていたが、私は何匹魚を釣ったら満足するのだろうか。
その頃の私はいつもあまりにも目に見える結果に執着しすぎて、もっと人には大事なものがあることを知らなかった。
そのころの私はお金、美しい女性、社会的地位、釣った魚の数、そんな目に見えるものを必死に追いかけていました。
サン=テグジュペリの小説「星の王子さま」にでてくるきつねの名言に「ほんとうに大切なものは目に見えない」とあります。
真理とは人の外にあるものではなく、内にあるもの。
おろかな若かった私もやっとそのことに気づきはじめていたのです。
ルアー釣りは気が向いたらまたやろうと思っています、若いときとはちがった釣りがしたいものです。


苦行のみでは悟りを得ることはできない。 2009.10.03
「苦行のみでは悟りを得ることができない。」お釈迦さまは苦行の後にそう理解して6年にもわたる苦行をおやめになりました。苦行をやめたあとには、川で身を清めて、スジャータの施してくれた乳がゆを飲んで体を休めたのです。
そしてお釈迦様は心身ともに回復して、とうとう悟りを開きます。
インドではいまだに苦行をする修行者が多いそうですが、歴史は繰り返すということでしょうか。
日本でもいまだに苦行をする人が多いですねえ。
個人の判断で自分で苦行をするのならば良いですが、他人に対して苦行を強制する人間がいるのは困ったことです。
私個人の経験から言うと、苦行は愚かな行為ですが、愚かな行為をすることにより逆にその反対にある真理や般若、智慧にたどり着くヒントになると思います。
お釈迦様の6年の苦行も悟りを開くには直接は役にはたちませんでしたが、まったく無駄ではなかったと思います。
愚かな行為をすることにより賢い行為とはなにかがわかることもあるでしょう。
非人間的な環境に自分をおくことにより、人間的な環境とはなにか、人間性とはなんなのかということがわかってくるのです。
ただし自分の意思ではなく、他人に強制されて苦行をしてもつらいだけであまり得るものはなさそうです。


社会学の真髄とはなにか 2009.08.10
大学で社会学という学問は「個人と組織(社会)の関係を考える学問である。」と教わった。習ったときはいまいちぴんとこなかったが、社会人になり会社に属するようになって意味が分かった。
たいていの人間は国や家族や職場、友人関係といったいろいろな組織に属するが、必ずと言っていいほど個人と組織の利益は対立する。
例えばサラリーマンだったら会社という組織に属するわけだが、そのケースで考えてみよう。
会社は利益をあげるためにサラリーマンを安く長時間こきつかいたい、サラリーマンは楽して給料もらいたいというのが一般的な考え方だ。
会社(経営者、株主)とサラリーマンは対立しているのだ。
会社の力が強すぎるとサラリーマンは奴隷になるし、サラリーマンの力が強すぎると経営を圧迫して会社はつぶれてしまうかもしれない。
昭和の日本人サラリーマンは会社のために奴隷のごとく働くことを強制された。
妻や子供もかえりみず家庭を捨てることを強制された。
結果離婚や子供の非行など多くの問題がおこった。
最近熟年離婚が増えているというが、会社の奴隷になって家族を捨てたサラリーマンのいきつく悲しい終着駅である。
人間は組織とは一定の距離を置かなければならないのだ。
個人としての生活、権利を安易に捨ててはならない。
社会学が「個人と組織(社会)の関係を考える学問である。」というのはそういうことだ。
組織の奴隷になった先に待ち受けるものは個人としての生活の死である。
人間は組織に属さなければ生きていけないが、けっして組織の奴隷になってはいけないのだ。
個人としての自分、家庭の中での自分、職場での自分、人はいろいろな顔をもつがそれぞれバランスをとりながら生きていくほうが良いのではないか。
職場での自分ばかりに重きをおきすぎると、家庭と個人としての生活が崩壊するのである。
社会学はそういったバランスをどうやってとったらいいのか研究する学問だ。
日本人が真に豊かな生活を手に入れようとするならば、社会学がもっと必要とされるだろう。
なぜ日本の政治は停滞したのか?陰陽思想で謎はとける。 2009.08.09
よく最近日本が停滞しているとなげく日本人の姿をテレビでひんぱんに目にする。彼らは「この停滞感をなんとかしてほしい」と口々にうったえる。
なぜ日本の政治経済は停滞してしまったのだろうか?
それは日本の政治を1990年代からさかのぼって見てみると簡単にわかる。
まず1990年代におこった重要なターニングポイントは最大の野党である日本社会党の解散である。
ロシアや東欧といった社会主義の国々が崩壊しはじめ日本人は社会主義を見限った。
他にも理由があるが、社会主義国の崩壊という国際情勢は大きな日本社会党の解散理由である。
党名にもはいっている社会主義がだめだと思った国民はもう日本社会党の政治家には投票しなくなった。
ここで最大野党の日本社会党の勢いが衰えることでますます自民党一党独裁に拍車がかかってしまった。
自民党にたいする国民の支持率が上がったわけではなくむしろ下落傾向にあったのだが、最大野党がこけたことにより結果的に自民党の一党独裁は強固なものになった。
いわゆる革新勢力のおとろえは相対的に保守的である自民党の力を強めた。
日本の政治はどんどん右傾化保守化していき、革新勢力は公然と政治弾圧すら受けるようになる。
日本の政治のバランスが崩れたのだ。
保守と革新、右翼と左翼、このバランスが崩れたことが、日本が停滞している大きな原因なのだ。
権力を維持するため右傾化するたびに政治にいきづまっていった自民党が最後に選んだ総裁が極右の麻生太郎ということは、日本の政治が保守にかたよりすぎてバランスを欠いていることを如実に象徴している。
日本史、世界史を勉強すればわかるが、どの国の政治も必ず革新や変化を必要としている。
ずっと変化しない国なんてどこにもないだろう。
時には外国の良い制度を取り入れ国を合理化しなければ競争力が保てず世界の流れからとりのこされてしまう。
日本人の現在の生活を見れば百年前と比べてどれだけ欧米化しているか一目瞭然だ。
日本人は西洋の服である洋服を着て、洋食を食べ、クリスマスを祝う。
保守、右翼のように自国の文化にしがみつけば、国は進化することができずに停滞するのは自明の理なのだ。
日本の政治には革新、左翼の力も必要なのだがここ15年ほどそれはひどく抑え込まれてきた。
陰陽思想によれば、この世にあるものは陰と陽ふたつからできており、このふたつが調和している時ものごとはうまくいくという。
仏教で言うなら中庸ということだ。
例えば、陰陽思想で陽は男で陰は女であるが、どちらかいっぽうばかりたくさんいても人類は滅びてしまうだろう。
男と女が調和して同じくらいの数いることが望ましいはずだ。
勤勉に働くことは大事だが、働きすぎれば過労死する。
老人ばかり手厚く保護すれば、若者は老人を支えるための負担増に苦しむことになる。
政治はまさに陰陽であり、保守と革新のバランスをとることが大事だ。
極右のように自国の伝統文化を守ることに固執すぎれば、国は時代にあわせて変化させることができずに停滞する。
また革新の力がつよくなりすぎれば、日本人としてのアイデンティティ(誇りといってもいい)を失うことになり、人間としてのみずみずしい心や魂を失うだろう。
愛国心も度が過ぎればナショナリズムといわれるように、バランスが大事なのである。
最近多くの日本人やマスコミの間で政権交代が叫ばれているが、一党独裁ではなく二大政党制を日本人が目指そうとするのは今の日本の政治のゆがんだバランスを元にもどそうとするいいチャレンジだと思う。
余段だが、国家だけでなく人間個人としてもバランス感覚が大切である。
自公連立麻生内閣は発足以来政治家の不祥事が多発しているが、これは麻生内閣が極右思想をもった政治家によって構成されているからである。
G7を酔っ払って出席した中川昭一、大臣就任早々さまざまな団体を誹謗中傷する発言で辞任させられた中山 成彬、税金で不倫旅行した鴻池 祥肇、すべて極右政治家ではないか。(産経新聞によると愛国系政治家(笑))
人間も度が過ぎた保守、つまり極右であると、陰陽のバランスがくずれ常人には理解しがたいおろかな行動をとってしまう。
もっとはっきりいえば極右はすべからくあたまがいかれている。
麻生総理自身も例外ではなく7月末にもあほな発言をくりかえして、自分の部下である官房長官からも「みんながんばっているので総理がオウンゴール(自殺点)はやめてください。」などと言われる始末である。
自民党にとっては残念なことだが、麻生総理は人格が極右である限りおろかな言動をとりつづけてしまうだろう。
極右は現状にしがみつくことが極端に好きなので、進歩する可能性はほとんどない。
極右の発想は常に自分が正しく、他人が悪いである。
問題は彼の心、思想がかたよっていることにあり、バランスがとれていないという根本的なものだ。
聖書には「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい。」という有名な言葉があるが、まさに麻生総理のためにあるような言葉だ。
新聞を読まない麻生総理はクリスチャンだそうだが、聖書は読んだことあるのかな。
NHK「日本と朝鮮半島2000年」からあれこれ 2009.07.27
NHKが放送しているETV特集シリーズ「日本と朝鮮半島2000年」というのを見て、最近の歴史学がさらに弥生時代から飛鳥時代の日本の歴史を考古学的なアプローチから解き明かしていることがわかっておもしろかった。今現在はのこっていないが、日本で初めて国が作った勅願寺である百済大寺が、朝鮮にあった同盟国であった百済の巨大な寺を模して作った寺であること。
また百済大寺は百済の職人が指導して作ったであろうこと。
なぜ百済が文明のおとった日本にそれだけ肩入れしてくれたかというと、当時百済は唐と新羅を相手に戦争していたので、大きな兵力を有する日本と同盟関係を強化しておきたかったからである。
韓国で発掘されていた百済にあった巨大な寺は東京ドーム5個分の敷地にたっており、仏舎利は青銅(外)、銀(中)、金(最内)の3つのいれこになった器に入っていた。
韓国でも弥生時代〜飛鳥時代の遺跡の発掘がすすんでおり、日本百済連合軍が唐新羅連合軍と戦った砦跡なども調査されており驚いた。
その砦は山の上にあり、まるで要塞のように大規模なものだった。
北朝鮮も経済復興して歴史学が盛んになり遺跡が発掘調査されるようになれば新しい古代史があきらかになるだろう。
日本と高麗(今の北朝鮮あたりにあった国)は古代直接戦争したそうだからね。
残念ながら唐という大帝国に日本百済連合軍は敗北して百済は滅ぼされてしまった。
中国人は三国志を見ればわかるけど、歴史的にとんでもない戦乱を経験しており強い軍隊を持っていた。
赤壁の戦いや黄巾の乱は2世紀におきた戦争です、白村江の戦いは663年だから約400年後だね。
中国人は何百年も前から大規模な戦争をくりかえして経験しており、敗者を虐殺したりもしていました。
三国志にでてくる司馬懿は遼東の公孫淵を滅ぼした時に、7000人以上の男子を殺してその死体で門や塚をつくっている。(京観)
唐という大帝国と敵対して侵略の危機を感じた日本は兵力の強化増強や経済の効率化といった国力強化をしなければならなくなった。
唐と敵対政策をとっていた天智天皇とその母斉明天皇の時は国政に失敗や無駄が多くて民から怨嗟の声がでていた。
斉明天皇がつくった大運河は人々から狂心渠(たぶれこころのみぞ)とよばれて、重い労役に人民は苦しんだと日本書紀に書いてある。
また、子の天智天皇は都をひんぱんに変えて民を苦しめ、白村江の戦いで敗北するなどこちらも失政失敗が多く、畿内の民に不穏な動きがあったと日本書紀は伝えている。
天智天皇のあとをついだとされる古代史のスーパースター天武天皇はさまざまな経済政策をおこない今で言ういわば無駄な公共事業を廃止した。
それは天皇(おおきみ)や豪族の巨大な墓(前方後円墳)の造営の禁止である。
仁徳天皇陵を見ればわかると思うが、あんな巨大な建築物をつくるには人民に重い労役を課さなければいけないのは簡単に想像できるだろう。
しかもあんな無駄にでかい墓を日本全国につくってしまったばっかりに、都市計画にも邪魔になってしまっていた。
あんなばかでかい古墳をつくる労力を、ほかの有益な仕事をさせるようにふりかえたかったのだろう。
1979年に奈良時代初期に日本書紀の編纂にもたずさわった太安万侶の墓が奈良市から偶然発見されたのだが太安万侶のような高官の墓としてはとても規模が小さく研究者を驚かせたという。
天武天皇の改革は死後もしっかりと受け継がれていたのだ。
歴史は繰り返すというが、古代に合理化に抵抗して統治能力がなくなった天智天皇の子孫が滅ぼされて、天武天皇が唐の制度をとりいれて政治経済を合理化したながれは、今の日本の政治にもあてはまるだろう。
自民党は民の生活を守る能力を失い、国民の信頼を失ってとうとう権力の座からひきずりおろされようとしている。
天智天皇は亡くなる直前に有力な側近をたびたび集めて、息子の大友皇子への忠誠を神仏の前で誓わせた時に「もし誓いをやぶるようなことがあればそのものと子孫はかならず呪われる。」と言っておどしたという。
天智天皇の権力へのすさまじい執着を感じさせるエピソードだ。
自民党の麻生首相や細田幹事長も権力への醜い執着を連日国民に恥ずかしげもなく見せ付けている。
しかしいくら権力へ執着しようとも、肝心の統治能力、民からの信頼がなければ国を治める資格はない。
自らの手で蘇我入鹿を殺すなど暗殺をくりかえし、恐怖政治で人民を苦しめた天智天皇の王朝は滅ぼされた。
古代も現代も日本では愚かで無能な政治家や権力者は民から見放され滅んでいくのが歴史の必然なのである。









